koihaouka’s blog

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

合同供養するまでは

『運転免許が必要か』と訊かれて。

「(わたしは)別に」と返したものの。

 

必要かどうかはその人の状況に依存するので。

あれば便利ならあってもいいのだろうな、と思う今日この頃です。

 

わたし、困ったことがないのですよ。

当然に、幼少の頃から自動車を運転してきたわけではありませんから。

 

徒歩と公共交通機関で事足りると思っておりますし。

なんなら自転車があれば充分だろうとも思うので。

 

身体機能の衰えを感じたら、自転車では不充分と相成りますが。

最悪、少し割高になろうとタクシーを用いると言う手もありますし。

 

それでは不自由である、とは言いましても。

幼少の頃から車を運転してこなかった以上。

 

それで事足りる、なんてことも理論上可能なわけで。

別に生活する上では運転免許がないと大変と言うわけではない、と思っています。

 

足になる人がいれば、同乗すればいいことですし。

その対価を請求されれば渡せばいいのですよ。

 

少なくとも、わたしはそんな考えの持ち主なので。

運転免許が必要とは、思わないのです。

 

──身分証明に使えると言うのはもちろんですが。

別の方法でも代替が利きます──パスポートとか。

 

いまは、マイナンバーカードなるモノもありますからね。

何れにせよ、身分証明のために運転免許証を求められる時代でもないのかなと。

 

……と、ここまで言っておいてなんなんですが。

わたし、運転免許証は持っているのですよ←

 

ただし、使った試しがないです。

運転するの、好きではないので。

 

ただ、有事の際に逃げられればいいなと思って。

運転技術だけは欲しかったので、教習には行きましたが──だって。

 

車の運転方法が分からなかったり。

ノーコンだったりしたら、生き残れないですもの──わたしの想定する、緊急事態下では。

 

 

なので、実際のところ。

運転免許はあってもなくてもいいので。

 

返納の仕方をよく調べるのですが。

ご老人を優遇するモノばかりですねぇ──わたし、まだそこまで歳取ってないからなぁ(トオイメ)←

 

あと、この運転免許を取得する際。

勝手にとは言えども援助した人がいる以上──返納してしまうのも恩を仇で返しているようで嫌なので。

 

まだ持っている、と言うわけですね。

──あぁ、その方々がお亡くなりになればこの限りではないですが。

 

その中に、死んでほしい人がひとりもいないので。

そのまま放置するしかないなぁと。

 

更新については、ただただ面倒ですけどね。

その人達の生きている証だと思えば──これも乙かなと、思うのでした。