名前を覚えるのが苦手です。
顔を覚えるのは割と得意なのですが。
なので、顔馴染みのかたを見て。
そのかたがどんなかたなのかは、すぐに出てくるので。
名前を思い出さずとも。
話をすることは可能です。
名前……ただその場に一時的に固定させるための。
手段のひとつに過ぎないんですよね、あのようなモノって。
僕の知人で、途中で名前も性別も変えた人がいますけども。
その人をその人だと認識したままですし。
……と、言いますか。
名前なんて、誰かと話をする際に必要ではないんですよね。
それもその筈で。
その人と話をしているのであって、名前と話をしているわけではないからです。
例えば──友人と同姓同名のかたが現れて、その友人を騙って話を始めたとしても。
「誰やねん」って突っ込めますもん──ですが。
名前どころか、人ですらなくなったのに。
その人しか知らない共通認識について話し始めたり、その人の癖を目の当たりにしたら。
僕は、その人だと認識するんだと思うのです。
例えそれが、悪鬼にしか見えないとしても──です。
──それにしても、名前かぁ。
覚えるつもりがないんですよ、恐らく。
覚えなくても死ぬわけではないし。
それで日常生活に支障を来すわけではないので。
性質を押さえておけば、名前が違っても。
使い間違えることはしないですから──だから、でしょうか。
この2つが意味するところが逆転したら。
きっと僕は──生きていられないんでしょうねぇ。
えぇ、なので。
『午前零時のサンドリヨン』を『真夜中のサンドリヨン』と言ってしまっても。
もう、気にしないことにしました。
……もう………………う……ぁ……………………
誰か僕の顔に鍋を置いてくれっ!!
今なら熱々の鍋食えるぞ食ってけごるぁっ!!!←←←