大昔に。
僕と険悪な仲だった上司がいて。
その上司がやめる直前に。
個別面談が開かれたことがあったのです。
体のいい、呼び出しですね。
今更なんの話だろう、と思いきや。
あなたに人としての情はないのか、とか。
それを学ぶために心理学を学んだんじゃないの、とか。
まぁ、言われたのです。
ハッキリと「違います」と答えたら、顔を引き攣らせてだんまりしてしまいましたが←
……そんなエモーショナルな理由で僕は動きませんもの。
確かにふと考えますよ──情とは何か、と。
もっと詳しく言うと。
誰にでもあって自分にはない情は何か、とか。
逆に、誰にでもなくて。
自分にはある情とは何か、とか。
誰もが情をインストールされている、と言う前提で。
話が進むことって、色んなかたと会っていると多いなぁって思うのですけども。
違うと思いますよ。
特定の情があるなんて考えるのは、如何なモノかと。
情を司る器官であれば。
某か、大多数に共通して存在するでしょうけども。
特定の情なんて、構成していくモノですし。
元からあるモノではないんじゃなかろうかと。
あることには敏感で。
あることには鈍感なことは。
特性に凹凸があるように、当然のことなのに。
情になった瞬間に、当然誰もが共通して所有しているモノと看做されると言うのは。
不思議なことですし。
結構、心外なことだなぁと思うのです──で。
上司に僕は、嗤いながら。
上記の確認に対し「違います」と答えたのでした。
──時折、見かけます。
人様の感情を勝手に規定する人。
省エネ思考も、ここまで行くと。
救いようが、ないですね。