koihaouka’s blog

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

狙撃には程遠い

ふと、思い出したのですが。

少なくとも米国や仏国には、相手の好き嫌いを忌憚なく伝えられる文化があると聞きました。

 

と、言いますか。

こちらとあちらが明確に異なることを伝えられる文化がある、と。

 

なので、「あなたのことは嫌いだけども言ってることは正しいと思う」とか。

「あなたの思うことは○○とのことなのだけども、自分は××で価値観が違うなぁ」とか。

 

そんな話を伝え合うことができると言います。

……これって、面白いことです。

 

日本では、同意することについては言及し易くても。

意見が違うこと──それに、相手の好き嫌いについて言及することについては。

 

なかなか、できない傾向にあります。

特に、社会人になるとそれが顕著です。

 

なので、相手がにこやかに接していても。

本当に好ましいと思っているのか、疎ましいと思っているのかが分からない──なんて、米国や仏国のかたからは思われ易いんじゃなかろうかと。

 

友達なのかどうか分からない、と。

腹を割って話している感じがしない、と。

 

……つまり、掴みどころがないってことでしょうか。

まぁこの国、マグカップみたいに取手のあるモノでお茶飲んでないですからね(違)←

 

……んー

いやぁ、それでもですよ。

 

相手に好き嫌いを忌憚なく伝えられれば。

もっと生き易くなるだろうな、とは。

 

思わなくも、ないです。

言いたいことを言えるわけですし。

 

腹にイチモツ、と言うか。

サヨリのような云々に、ならなくて済むと言うか。

 

そして、相手に好き嫌いを明確に伝えられれば。

少なくとも、率直な印象を与えること自体はできるわけですね。

 

その印象があれば。

意図して言っていないことについても考えることもできますしおすし←

 

……まぁ、言わないからその人が考えていない。

なんてことには、なりませんし。

 

言ったから、その人がそう思っている。

──とは、限らないので。

 

それでも、重要なことは何一つ言わないような。

空気を読んで伝わることを前提にするよりかは。

 

相手の好き嫌いについて、忌憚なく。

言えたほうがいいなぁと思いました、と言う。

 

ただ、それだけの話です。

……あぁ、それにしても。

 

フランスについては、よく分からないですが。

アメリカって、銃社会ですよね。

 

規制している州もあると聞きますが。

それでもご家庭が銃を保持しているところが多いと。

 

よく、内乱が起こらないよなぁって思いますよ。

銃乱射事件なんて、数え切れないだけ起こりそうなモノですけども。

 

それが、少し不思議だなって思うのです。

感情の制御が上手いんでしょうか……うーむ。

 

わたしは、銃を持たないほうがよさそうだなぁ。

え、なんでって?……あっはっは()

サラダボウル

よく、洋楽を聴くと。

外国語に馴染むことができる、なんて。

 

聞くと、思うのですが。

じゃあ聴きたいと思える洋楽って。

 

どんなのなんですかね、と訊くと。

「まぁ聴けや」と言われると言う←

 

……いやぁ、自分に合う曲を見つける前段階を。

きっかけにするって、相当エネルギーを必要とするので。

 

何か紹介していただけるなら聴くよ、なんて言うと。

「お前の好みなんか知らん」と言われると言う←

 

いやぁ、ロックだねぇ。

おとといきやがれ──と、ロックな返答をカマすと言うのが。

 

わたしの高校時代でした。

嘘です、そんな青春なんて存在しませんでしたよ。ひゃっはー←

 

……ですが、そうですねぇ。

洋楽に興味関心を抱けなかった、と言うのは事実です。

 

今も、そうですし。

邦楽ならよく聴きますけども。

 

わたしの場合には、好みがはっきりと。

分かれていますから。

 

女性ボーカルの曲しか聴かなかったり。

……心地よく聴けるのが、女性ボーカルの曲なので。

 

ボカロにしても、同じなんです。

女性ボーカルを模したボカロ曲くらいしか、聴けないんですよね。

 

男性ボーカルの曲や。

男性ボーカルを模したボカロ曲については。

 

流れてきても、飛ばしちゃいますね。

気分じゃないな、と──常にそんな気分じゃないと言われれば、それまでですか←

 

……男性の声が嫌い?

いいえ、好きな声もありますよ──常に聴いていたい声って、ありますよ。

 

ですが、歌の場合には。

この限りではないのです──女性の声だけ、聴いていたい。

 

閑話休題

なので、洋楽については殆ど聴かないのですが。

 

邦楽については聴くと。

そして、女性ボーカルないし女性ボーカルを模した曲なら聴くと。

 

と、言うことで。

よく、英語の歌詞のボカロ曲を聴くようになりました。

 

リリックが詰められていて、最初聞き取れないのが。

だんだんと聞き取れるようになり、歌えるかと歌ってみたら噛みまくり←

 

だんだんと噛まなくなってきて。

ひと通り歌えるようになっては──後々意味を確認し。

 

あぁ、こんな意味だったのかぁ。

なんて、腑に落ちると──さらに歌い易くなって、楽しくなると言う。

 

そんな経験を、最近はできています。

そして、意味が分かってくると──不思議なことに。

 

ブログ記事を書くための作業用BGMに、適さなくなってしまうんですよね。

意味を追うほうに情報処理のリソースを割いちゃうんでしょうか、きっと。

 

この場合、できることは2つあって。

んー、そうですねぇ。

 

①聴くのをいったんやめる。

②心身に染み込むまで聴き続ける。

 

さぁて、どちらにしましょうか。

どーれーにしーよーおーかーな←

 

www.youtube.com

蜘蛛の巣が張る前に

以前のブログでは、やっていたのに。

最近、やっていないことをやってみようかなと。

 

なぜなら。

特筆すべきネタが、ないからです←

 

……こほん。

で、どんなことをやってみようかと言いますと。

 

見たモノについて、連想することを書く。

……と、言うモノですね。

 

最初に見たモノでもいいのですが。

するとPC画面について毎度書かざるを得ないので←

 

気に留まったモノ、と言うことで。

……例えば。

 

床に転がったファ◯リーズとか。

……フ◯ブリーズとか←

 

なんでこんなの転がってんの?

掃除しろよ、なんて思いますよね。

 

えぇ、本当に思います。

掃除しろバカタレ←

 

……ですが、これ。

床に直置きしていないかた、どれだけいらっしゃるでしょうか。

 

きちんと置き場を作っているかたは。

どれだけいらっしゃるんでしょーね?

 

寧ろ、僕の場合には。

床が置き場なんじゃ、と言う←

 

……だって、床に置いておけば。

ベッドから手を伸ばせば届きますし。

 

なんなら、使用後にベッドに置いて。

出かけた後に衣服にかけるときには、高さ的にちょうどいいですし。

 

そして、また床にファブリ◯ズを落っことしておけば。

所定の位置に戻るので完璧って寸法ですっ

 

いいですよね、これ。

整理されているんですよ、ちゃーんと!

 

……なーんて。

ファブ◯ーズの近くに置かれている東京五輪のクールジェルシートも見ながら同じことを言えるかって話ですが←

 

これもいいのです。

出がけにベッドから手を伸ばして破くにはいい距離なんですからっ!

 

なので、後回しでいいのです。

効率がよければそれでいいじゃないですか……え、見栄え?

 

全っ然よくねぇですっ!!

以上っ!!!

爛れる、と言うときに。

「あれ?これってアツカンのカン?」と思ったのですが。

 

アツカンって、熱燗って書きますし。

熱燗の燗の字って、門の中が月なんですよね。

 

門の中に柬じゃないんですわ。

東擬きが入るんですわ、すわすわ←

 

……と、言いますか。

なんで「爛れる」って語彙からブログ記事を始めたんでしたっけ。

 

別に、爛れたいわけではないのですが。

ケロイド状にはなりたくないですもの──肌も、心も。

 

……え、もう1つの意味?

あぁ、依存するほうですか。

 

物とか人とか。

あと、心とか。

 

……んー、そうですねぇ。

すっごく、爛れたいと思うことが屡々ありますよ。

 

と言いますか。

初中後、そうですね。

 

と言うよりも。

常々、自分自身に依存している気がします。

 

そうすることで、他者を道連れにしないよう。

制している、と言いますか。

 

なぜなら、自分はそう言った性質の持ち主だからです。

相手が先にとっぷり埋まってこちらに藁をも掴む思いで手を伸ばしても。

 

じぃっと見つめて、肩を竦めるだけでしょう。

そして自分だけ、生き残るんじゃないだろうかと。

 

誰かを信じることが心底ないわたしにとっては。

そんな未来を見ること自体、それほど難しくはないんですよね。

 

なので、自分だけで手一杯にしておく。

誰かを地獄に落とさぬよう──落ちるなら自分だけ、落ちるように。

 

……と、思ってはいるものの。

わたし、身体だけは丈夫なので。

 

なかなか簡単には、死ななそうだなと。

なので爛れたい、と思うのかもしれませんが。

 

爛れるだけでは、死ねませんからね。

嗚呼、融けて消えてはしまえませんか──わたしの身体。

網を泳ぐ魚

……んー

餌をばら撒けば魚が釣れるわけではないのに。

 

なぜ、ネット環境を整備すれば。

ネットを用いる人が老若男女問わず勝手に増えてくれると。

 

そう、思うのでしょう。

……と思っていたら。

 

最近、地元で。

スマホ講習会なるモノを、高齢者向けに開いたらしく。

 

その意気やよし、と思ったところです。

なにせ、そう言うのに参加するかた自体が意欲のあるかたですし。

 

空腹の魚であれば。

一先ず、撒き餌には近寄ると言う寸法ですね。

 

そして、釣り針をひょこひょこ動かすと。

気になってパクリ、と。

 

そして後は。

釣り人の力量に依り、釣り上げる──と。

 

……えぇ、こう言うとき。

魚の技量よりも、釣り人の技量が試されるのは、言うまでもありません。

 

そのことに、上も。

早く気付くとよいのですが──まぁ、そうですね。

 

変わらなければ、そのときは。

そのとき、で。

クレームクライムCo-Rhyme

人には痛みを感じる権利があります。

されど、痛みを感じる義務はないと思っています。

 

人には痛みを除く権利があります。

されど、人の痛みを覗く権利はないと思っています。

 

人には痛むことを痛いと主張する権利があります。

されど、人が痛いことを痛くないだろうと叱責する権利なんて。

 

誰にも、ないのです。

どこにも、ないのですよ。

リスク受容とリスク移転

少しずつ。

両目が蝕まれているなぁと。

 

閉め切ったカーテンから漏れる日差しを見ては。

目の前に稲妻のようなモノが散り、残像が残るとともに。

 

目の奥が、針を挿すように痛むのを感じると。

思いますねぇ──と、言うので。

 

休み休み、ブログ記事も書いているのですが。

さぁて、いつまでこのブログ、書けることやら。

 

書くこと自体は好きなので。

飽きるまで、続けたいくらいなのですが。

 

目がダメになったら、どうやって文章を確認しましょうかねぇ。

タッチタイピングはできるものの……読み上げアプリでも検討すべきでしょうか。

 

そして、目を使って読んでいた本については。

軒並み、オーディオブックになって。

 

……んー、そうですね。

目がダメになったら、そのときはそのときと言うことで。

 

痛みには、未だ慣れませんが。

喪失については、割と慣れてきていますし。

 

何かを得ても、同時に何かを失っているかのような感覚に陥る僕にとっては。

まぁ──失ったら失ったで。

 

いつものようであるならば。

何かを得ているような感覚に陥るんじゃないですかね──全く。

 

ポジティブなんだか、ネガティブなんだか。

自分のこと、本当によく分からないですねぇ。