koihaouka’s blog

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

サクサクサクサク

テーマに沿うことを書けるかは置いておいて。

お題に答えたくなる、と言う悪癖を持っているので。

 

そんな人が書いた文章と言う前提で、読んでいただきたいのですが。

僕は──英語が自由に使えたとしたら。

 

英語圏のかたの文章を読むのに便利なので。

そう言った著作に当たる機会が増えるんだと思うのです。

 

英語で書かれた論文なんかは、最たるモノですが。

英文が原書の本にも手を付ける機会が多くなるかと。

 

やはり、日本語訳された本と言うのは。

翻訳者の作品なので。

 

原書を原書のまま読むのであれば。

それを手に取り、読むしかないと思うのです。

 

なので、英語が自由に使えたら。

そちらの方面で抵抗が少しは減るので。

 

そうするのかなぁ、と。

……え、英語話者とコミュニケーションを取らないのかって?

 

それは、微妙なところです。

日本語話者のかたとも進んでコミュニケートしようとしない人ですし←

 

必要とあらば、くらいのモノなんです。

で、英語話者になったところで別に──英語を使う必要に駆られるわけでは、ないですから。

 

その辺は、あんまり変わらないのでは。

なんて、思ってしまいます。

 

──つまり、どう言うことかと言えば。

別に、普段通りだと思うのです。

 

使える道具が増えたり。

手段が増えたりしても。

 

時間は有限であり。

資源も有限ですから。

 

非英語話者である現在に於いても。

必要に駆られれば英文を読みますし、英語だって用いますからね。

 

その抵抗が小さくなる、と言うだけでは。

恐らく普段やっているとおりのことをやっているだけ、なんだろうなと。

 

……あ、でもですよ。

英文を読んだり、英語で話したりするときの抵抗が少なくなれば。

 

その分、別のリソースの配分を豊かにできる。

なーんて、言われれば──その通りかもしれません。

 

となると。

あれば便利と言うのは、間違いのないことなのでしょう。

 

えぇ、役には立てられますとも。

使うか使わないかは、僕次第──と言う、曰く付きで。

 

ところで皆さんは──あなたは。

英語を自由に使えたら、何します?