前の職場で。
「自分の住んでいるところは自殺する人多いんですよ」と電話してきたかたがいらっしゃいました。
なので、掘り下げてみると。
「精神的にキツい人が住んでるんですよ」とのことで。
へぇ、もっと教えていただけますか──なんて訊くと。
「わたしも鬱をやらかしてますが、そう言うかたばかりなんです」と。
そうなんですか、キツいときがありますか──と訊くと。
こう答えられましたっけ。
「えぇ、もちろんですよ。気付いたら飛び降りようとしていることなんて、何度も」
「わたしは4階なのでまぁ失敗する確率のほうが高いですが、10階から飛び降りた友人は助かりませんでした」なんて。
……と、言う話をするかたがいらっしゃった、なんて。
今の職場のかたに話してみると。
『それは大変でしたねぇ』と言われたのですが。
ここで──はて、と。
これは、大変な出来事だったのだろうかと。
事実、そんな出来事なんてする人はするのでは──と。
実際、同じ所に住んでいる友人が飛び降り自殺を完遂するなんてことをするなんて経験はないにしろ。
そんなレベルの話を聴くこと(ないしは聴いてしまうこと)自体は、まぁ。
生きていれば、あるモノなんじゃないだろうかと。
思うんですよね──と、思っていたら。
入ってすぐのときに、延長雇用の同僚と食事に行く羽目に陥ったときに。
「この仕事に就くまで精神とか知的と言う人に出会ったことがなかった」と平気で宣う人種に出会すこともありましたから。
あったとしても、記憶を融かすと言う特技でも持ち合わせているかたもいらっしゃるか。
本当にそのような温室育ちな人間が存在するのか、はたまた両方なんだろうなぁと思い始め。
これはこれで、社会に出てよかったなぁと。
思ったり、思わなかったりする次第なのでありましたっと。
……え、「本当にこれは聴いててキツい話じゃなかったのか」ですか?
全然ですよ──だって。
わたしも本来、そちら側でしたから。
いや──失礼、言葉に正確性が欠けていたので書き直します。
そちら側、ですから。
寧ろ、こう言うのは普通だと思っていましたよ──なので。
たまに、こう思うことがあります。
わたしにとって異常なことを普通だと思っている集団に混じるのはキツいときがあるな、と。
──それにしても。
あのかた、飛び降りていないといいのですが。
以前の職場のかたに遭遇した際に探りを入れたらまだ生きてらっしゃるようなので。
それはそれは──と、思いましたけども。
えぇ、できればわたしが。
以前の職場とは接点のない所へ異動する前に。
そのかたが飛び降り完遂し。
わたしに訃報が舞い込んでいる──なんてことが起こらなければ、それでよしなのです。