koihaouka’s blog

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

禍福は糾える縄の如し

──ある人は言いました。

コロナ禍が早く終息しますように、と。

 

挨拶回りができず。

気軽に出掛けることもできず。

 

マスクを常にすることを求められ。

鬱憤が溜まっていたようでした。

 

なので、かの人は言うのです。

──コロナ禍が早く終息しますように、と。

 

(♪)

 

──ある人は言いました。

コロナのせいで仕事を失った、と。

 

やっと安寧の土地を手に入れ。

のんびり仕事をしながら楽に生きられると思ったのに、と。

 

ただ、自分が分かった風に話をし。

ただ周囲からよく見られ、金が貰える。

 

これほど楽な仕事もない。

それなのに──と、彼は言います。

 

会社用のLINEで酒の懸賞を投稿するのが日課だった彼は。

とうとう、ぱったりと投稿しなくなってしまいました。

 

今頃、どうしているでしょうか。

成長のない人だから酔い潰れながらこう言っているでしょう──コロナのせいで仕事を失った、と。

 

(♪)

 

──ある人は、言います。

コロナには感謝している、と。

 

人と会わなくても済む、と。

誰かの誘いについても断り易くなった、と。

 

誰かのことについて、会わなければならず。

合わせなければならないと、気を遣う回数は減ったのだと。

 

わたしはこれでいいと、思っています。

この世界に平穏と安寧を──コロナには感謝しています、わたしも。

 

(♪)

 

──ある人は、言います。

コロナは私にとって僥倖だった、と。

 

持病をいち早く見つけ。

手遅れになる前に処置をすることができた、と。

 

コロナの話がなければそのまま処置なしで。

どうなっていたことか分からない、と。

 

守るべき人がいる、と。

いま、死ぬわけにはいかない──コロナは私にとって僥倖だった──と。

 

(♪)

 

そして、わたしはと言うと。

コロナ禍について、それほど〝禍〟とは思っていなかったり。

 

元々、超インドアだと言うこともありますが。

ソリタリーでもあるので。

 

人と接触しなくてもいい時間が増える、と言うのは。

ありがたかったですし、好ましい状況でした。

 

『禍福は糾える縄の如し』なんて言います。

禍も福も表裏一体で、そのことについて一喜一憂しても仕方がない──と言う。

 

このことを、自分ではなく。

周囲を見ていて一入感じ入る機会というのも、そうそうないのかも。

 

どんどん弱っていく人ばかりが目に付くのが。

少々──肩透かしを食らったみたい、でしたけどね。

 

エラくピンピンしている人がいれば。

わたしと同類だなぁって思えたのですが──ネットでの繋がりのあるかたくらいでした、残念←

 

まぁ、それは置いておいて。

物は考えようですよねぇ。

 

わたしはこの1年、とても充実した毎日で構成されていて。

すっごく、よかったと思っています。

 

もっと続けばいいんじゃないでしょうか。

社会構造だけ、どうにか。

 

これほど生き易い世界を望んでいた人も、多いんじゃないでしょうか。

もちろん、これほど生き難い世界もないと思う人も同時に。

 

そう、コロナのおかげで。

コロナのせいで──ですね。

 

つまり、コロナの脅威がそれほどでもなくなったならば。

生き難いと思っているかたがたはそうじゃなくなるわけで。

 

あとは、社会構造が。

このままであれば──前者の人間も生き易い世界になるのでは、と。

 

妄想せざるを得ないのは。

わたしの性ですね──だって。

 

お互い、生き易い世界のほうがよくないですか?

どちらも嫌だと言う人だけ、取り残されればいいのではないでしょうか──それを選ぶなら、の話ですが。

 

ところで、皆さんは──あなたは。

この1年、どんな思いを抱いていましたか?

 

お題「#この1年の変化