最近、ケースファイルの処分を頼まれて。
検分を始めたところ。
個人名のラベルが剥がされてなかったので。
「○○か……贅沢な名だねぇ……」と言いながら剥がしていたところ。
僕に渡したかたが、こちらを。
じぃーっと見てきてたので。
なんか申し訳なさそうな顔をされたので。
「今日からお前の名前は○だ!いいかい○!」と言って笑わせてしまいましたとさ←
時折、こんな奇行に走ります。
まぁ面白いですし──それで笑う人がいればそれも。
面白いですからね。
自分のやりたいことのために周囲がよい気持ちに向くのであれば。
それもアリ、です。
と言うか、幾らでもやっていいんじゃないでしょうか。
──いいえ、誰かのためではありません。
自分のために、です。
誰かと一緒にいることで。
誰かのために動くくらいなら。
誰かと一緒にいることで。
自分のためにできることをし。
それを周囲にどれだけ還元できるか。
試行錯誤しているほうが──自分にとっての利になるじゃないですか。
周囲はこちらに悪い印象を持ちにくくなりますし。
何か有事の際に依頼し易くなりますから。
誰かを利用することも。
誰かと利用することも。
容易に、なってきますよね。
周囲に無理やり協力してもらうよう強制する骨折りもなくなることでしょう。
であれば、自分のためにも。
周囲にいい印象を持ってもらうよう仕向けること自体。
悪いことではないんじゃないかなって。
僕の場合は思いますが──まぁ、ここまで打算的に考える必要は本来なく。
ただただ、周囲が向ける顔が自分にとって喜ばしいモノになるにはどうすればいいだろう、と考えれば。
この方法が最適である、と言うだけなんですよねぇ。
殴る蹴るが周囲を喜ばせる最良の方法であれば、喜んですると思いますよ。
流石にそんな逆リョナ好きのマゾヒストだらけの人間関係を構築してないのでやらんわけですが←
つまり、何が言いたいかと言いますと。
自分が面白ければ、それでいいですが。
それを持続させるにはどうすればいいかを考えれば。
外道には落ち難いよなぁって、話なのでした←